父親旅、冒険棚

ぐるぐるしてるけど、迷っているわけじゃないかもね

2026/03/02 イスタンブール到着

3月1日のヨルダンからの便がイスタンブールに到着した時機長が何かをアナウンスした。

 

よく聞き取れなかったが、乗客から大きな拍手が上がった。ミサイルが飛ぶ中の飛行、機長も安堵したとかのコメントだったのか。僕も心から拍手した。

入国審査を受けて、荷物を受け取るともう24時をすぎて次の日付になっていた。予約していた空港内にあるホテルに行く前に、トルコ航空のカウンターに行ってもっと早い便がないか聞いたが、全部満席とのことだ、イスタンブールに2泊することになる。ホテルの部屋に入りシャワーを浴びて寝ようとするがなかなか寝つけない。

 

死海のホテルで知り合った日本人の方から、メッセージが届いていることに気づく。ヨルダンの南にあるアカバ空港からカイロに行く予定と聞いていたが、予定を変更してアンマンからカイロに行くので市内の様子を教えて欲しいとのことだ。

 

そちらの無事が気になったので、眠れなかったこともあり、長々と経緯を書いたメッセージを送った。

翌朝目が覚めて、スマホを確認すると、返信がありカイロ便が取れたのでアンマンに向かうとのこと。

 

後から運行状況を確認したら、そのカイロ便以外はほとんど便がキャンセルされていて、念のため僕らがプランBとして予約していた便も飛んでいなかった。幸運の持ち主だ。

 

さて今日は一日イスタンブール滞在になってしまった。午前中は日本はまだ夕方くらいなので、状況報告とたまった仕事をこなす。ノートPC一台の画面では仕事は捗らないが、やれるだけはやって、ランチも兼ねてイスタンブールの市外へ行く。

 

Geminiに短時間でできることのおすすめを聴くと、エジプシャンバザールとのことだ。歴史のあるアーケードで天井は等間隔で縞模様のアーチが続いている。海が近いからだろうか、船の舵のようなマークも天井アーチの真ん中に描かれている。

 

香辛料、宝石、お菓子、お店がアーケードの両側に隙間なく並んでいるが、どれも同じような商品扱っている。トルコ版の上野のアメ横だなこれは。一通り散策すると、同僚がガラス細工のランタンをお土産に買っていた。中に明かりを入れると色ガラスのモザイクで作られた模様が浮かび上がり、周囲を柔らかく照らす。

 

サバサンドが食べられる店を探してランチにした。パンにサバか、生臭さとパンは組み合わせとしてどうなんだろうと思ったが全く臭みはなかった新鮮なサバを使っているんだろうか、お菓子をお土産に買ってホテルに戻る。

 

ホテルのジムで軽い筋トレだけして今回の旅、いや後半は旅ではなく逃亡だったが、最後の夕食だ。

 

この日程で初めてのビールを飲んで、早めに寝る。お休みななさい。

 

 

 

 

2026/03/01 ヨルダン脱出

3月1日の時点でヨルダンから出発する便は二つ押さえておいた。

 

一つは同日の夜のJordan Aviation(AJ)で、もう一つは翌日のRoyal Jordanian(RJ) だ。AJは運行本数が非常に少ない、チャーターをメインにする航空会社らしく、一般旅行者向けの便は限られた目的地しか提供していない。

 

AJのウェブサイトを見ても運行状況は確認できないし、予約はできたのだが、飛ぶのかどうか全く判断できない。クィーンアリア空港の運行情報ではオンタイムと、なっていたのでこれは直接確認するしかないと、搭乗時間にはだいぶ早いが空港へ向かう。

 

空港に向かうとチェックインカウンターに行く前にいきなり荷物検査がある。これ進んだら戻れるのかわからなかったが、先に進まないと運行情報の確認もできないので、荷物を検査してもらう。ここは特に問題もなくスルー。

 

そして待つこと3時間くらい。やっとチェックインカウンターが開いたので、予約情報とパスポートを提示する。ちゃんと航空券と引き返してもらえるのかとか、オーバーブッキングと言われないか不安になったが、無事発券。

 

再度手荷物検査を受け、免税エリアへ向かう。それっぽいお土産チョコを買って、レストランエリアへ。気が緩んだのか、決断疲れしたのか、何を食べるか考えるもめんどくさかったので、同僚と一緒のマックで晩飯。そういえば昼飯もハンバーガーだったなと思いながら、大きなサイズのダイエットペプシで頬張ったハンバーガーを流し込む。マッシュルームが入っている日本では見かけない現地メニューだ。

 

出発ゲートについても無事離陸するのか、ここでも心配したが、搭乗開始時刻になりバスでゲートから移動。機内に乗り込むと葉加瀬太郎の曲がかかっていた。ANAの払い下げの機体なのか、着席してANA機の痕跡を探したが見つからない。

 

CAが手荷物を頭上のスペースに押し込むのを待ってやっと離陸、思わず拍手しようかと思ったが、そんなことを考えたのは僕だけだったらしい。控えめに拍手した。

 

途中トイレに立つと、水を流すボタンの横に日本語表記があった、日本で運行されていたことがわかる証拠だ。

 

イランとイスラエルの衝突でヨルダンで足止めされて、やっと飛び立った機体が日本からやってきたものだったというのも不思議な縁な気がする。

 

 

 

 

2026/02/28 ペトラ遺跡観光 イラン攻撃 ミサイル警報

赤い砂漠ワディラムから車で2時間ほど移動。

 

やっと、やっと念願の地ペトラ遺跡だ。中学生の頃だったろうか。インディ・ジョーンズ最後の聖戦でペトラ遺跡のことをしって。いつかは来たいと思っていた場所。

 

途中でペトラ遺跡を一望できる場所で全体を見渡す、想像していたよりも広大だ。

 

ちょうどペトラ遺跡のVisitor Centerについた頃に、NHKのニュースアプリから通知が届く。イスラエルとアメリカがイランを攻撃したというニュースだ。おいおいこのタイミングでかよ、と思ったが、ガイドに連れられて遺跡のツアー開始だ。

 

細い谷のようになった渓谷をどんどんと下っていく。途中ナバテア人が掘ったとされる水路や、墓、像などがところどころに点在する。渓谷というか、人が往来するのにちょうどいい幅で、天然の要塞だ。

歩いている最中に、警察のサイレンのような音が遠くで聞こえる、あれはなんだとガイドに聞くとミサイルの警報だという、よくあることかのように平然と答える。どうするんだ、航空便キャンセされるかもしれない、と思うが、まぁどうしようもない。

 

そのまま下っていくと、唐突に目の前にペトラ遺跡のうち最も有名な宝物殿エル・カズネが姿を現す。曲がりくねった渓谷なので、先が見通せないせいだが、これは演出効果としては最適だ。心の準備もできていなかったので、感動というよりびっくりした。古代はじめてこの都市を訪ねた人は圧倒されただろう。

 

ミサイル攻撃という非日常と眼の前の壮大な遺跡という非日常。非日常x非日常で感覚がぶっ飛んだのか、どうも現実味がない。

 

ともあれ、50歳を前にして、人生のやりたかったことリストを1つ叶えることができたことは事実だ。おもったより達成感はなかったがww

 

エル・カズネより先にどんどんと進み。ギリシャ神殿のような遺跡の近くにあるレストランで昼食を食べる。もうちょっと時間があればもっと先に進みたがったが、この後の移動も考えて、入口に戻ることにする。

 

ロバに乗らないか、馬に乗らないか、写真を撮るよという客引きは途中にいた。ミサイルが飛んでいるのに呑気だなと思ったが、それほどミサイルが日常だと言うことか。事前に得ていた情報より客引きはひどくなかった。そして思った通りというか、ドバイへ戻るフライトがキャンセルされた通知が届いた。

 

ペトラを後にして死海近くのホテルへ向かう。到着後せっかくなので少しだけ死海を見にいった。死海の対岸はもうイスラエルが見えていて、遠くのほうでミサイルを迎撃している音が聞こえる。打ち上げ花火のような音だ。ミサイルの軌跡や煙は見えないが音だけだ。戦争がおきている地域ギリギリにいるのだと実感するが、眼の前の穏やかな死海からは報道されているような光景はまったく想像できず、なんとも奇妙な気分だ。

 

部屋に戻り、同僚と手分けして飛ぶ便はないかと探したが、なかなか見つからない。Royal Jordanian航空は最後の決済画面でエラーになり予約ができない。なんとかJordan Aviationという聞いたことがない航空会社の便があったので、それを確保してからホテルの晩飯を食べに行く。

 

救いだったのはヨルダンの飯はどれも美味しい。鶏肉料理が多いのだが、グリル、煮込み料理どちらも口にあう。

 

ニュースのこともありよく寝れないかなと思ったら、この旅で一番ぐっすり寝てしまった。イランからの攻撃があまりなかったせいかもしれない。

 

2026/02/27 ヨルダン旅行 赤い砂漠 ワディラム

遠くの野犬の吠え声で目が覚めた。夜2時。

まるで沢木耕太郎のような出だしだが、文字通りだ。

 

ヨルダンの Wadi Rum 砂漠へ来ている。現地発ツアーを予約したので、クィーン・アリア空港までドライバーが迎えに来てくれて、アンマン市内のCorpHotelで一泊してから移動してきた。空港ではなかなか迎えに来ず少しヒヤヒヤしたが、それ以外は快適。

 

ホテルの日本円の両替のレートをみて気づいたのは、空港での両替はべらぼうに悪いレートだった。10000円で28JD。レートを事前にチェックしていなかったのが悪いのだが、まぁこれは現金を少しでも持っておきたかった安心料と思うことにする。

 

ヨルダン到着後の翌朝、アンマン市内のCorpHotelを出発後Wadi Rumまで車で移動。4時間くらいかかった。ホテルに併設のおおきなテントでランチを食べてからサファリツアーに出発した。映画「オデッセイ」(原題:火星の人)や「Star Wars」の撮影地となった場所を案内してもらう。ラクダには乗らなかったが、すぐ近くでもぐもぐしている奴らと自撮りはしてきた。

 

まるでミルフィーユケーキのような岩がところどころに点在し、広大な砂漠が広がっている。岩には奇妙な間隔で空いた穴がたくさん空いており、様々な形をしている。川がながれていないの、風化が進んでいたので、気になった岩の近くによって触ってみた。かなり脆い砂岩で、力をいれて石を押すと表面がポロポロと崩れるところもある。

砂漠だが雨は降るようで、岩に染み込んだ雨と昼夜の寒暖差で崩れるのではと思った。

 

どこへいっても似たような風景なので、ここがStar Warsの撮影場所ですよと言われても、さっきと似ているなと、最後のほうは飽きてきた。

 

ホテルに戻って夕食にはまだ時間があったので、同僚と近くを走ることにする。6kmくらい走ったが、砂と坂の連続とまったく走れない。途中ショートカットをするために谷を抜けて山を越えようと思ったが、途中でクライミングしないと登れないところがあり、滑落したら死ぬなこれ、と思いながらなんとか帰った。

 

あやうく「日本人男性、ヨルダンのワディラム観光中に転落死のニュースになるところだった」この疲れがあったせいか夕食をたべたらすぐに寝てしまったが、途中で覚醒してしまったのは冒頭書いた通り。

 

野犬の目覚ましで起こされた後は、念願のペトラ遺跡だ。

読書記録 先生と罪 くわがきあゆ

先生と罪

 

第21回 このミス大賞の文庫部門受賞者の最新作。

 

一度読み始めると一気に読んでしまったが、納得感のあるストーリーだったかというと微妙だ、そもそもミステリなんだろうかこの作品は。

 

先が気になって読みすすめたわけではない。ストーリの違和感が気になり、奥歯にものが挟まったかのようなこの感覚は、先に進めさばいつか解消されるのか、それを期待して読んだ気がする。

 

登場人物の取る行動がイチイチおかしい。その行動は何のために?と突っ込まざるを得ない。その疑問の答えが解消される前に、まあ次の疑問が湧く。最後までこの調子だ。

 

最後に明かされた謎も、ちょっと無理があるというか、そこまでのストーリーと切り離されてしまっている気がした。

 

著者はどんでん返しが得意らしいが、どんでん返しをするなら、パズルの最後のピースがハマるような感覚を読者に与えてほしい。

 

何ヶ所もピースが埋まってない箇所があるのに、一方的に、ひっくり返された気持ちになる。

 

こんなに、明らかな伏線を回収しないままでいいのだろうか?

 

このミス大賞の受賞作についてはまだ拝見したことがないが、同じようなストーリー展開ならちょっと購入は控えてしまうかな。

2026/02/22

日曜日。3年生の息子の学習発表会。

 

学習発表会という名前だが、1年生から6年生まで劇の発表だ。

 

3年生は、ゾウ列車がやってくる。

 

太平洋戦争中、象を含む猛獣が軍部の命令で多くが殺されてしまったが、名古屋の動物園では2頭が生き残った。生き残った象を見たいと東京の子供達が、象を一頭分けて欲しいと訴えるのだが、仲の良い二頭を引き離すことはできないので、代わりに名古屋までのゾウ列車を走らせようというもの。

 

一つ前の二年生の発表から僕は観劇した。それと比べると体育館全体に通る声の大きさ、兵隊役の子供達が出す低いトーンの発声、一つ一つが2年生とは大きく違う。小学生の一年という長さが大きいことがよくわかる。一二年生はまだ一生懸命さで、可愛らしさ全面だが、3年生になると演技として伝えたいというエネルギーが伝わってくる。

 

冒頭に体操やダンスが得意な子達による、サーカスの表現もあり、子供達一人一人の個性がよく出ている。

 

毎日見ていると気づかないのだが、確かに着実に成長している。

2026/02/17 スイム練

今日のスイムメニュー

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片足キック。左足が苦手。なんか水を捉えてない気がする。

 

今日は泳ぎを動画にとってもらった。呼吸のタイミングが始まるが少し早い。もう少し右手が掻き終わるのを待つ。

待つと言うより呼吸のタイミングが早いと左手が沈み始めてしまう。もっと短い時間で息継ぎを終える意識。

右手の推進力が一番大きいところで、左手の伸びがその推進力を邪魔しない軌道であることが大事なのかな?